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名古屋高等裁判所 昭和36年(う)392号 判決 1961年10月31日

被告人 吉田正明

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用はこれを三分し、その一を被告人の負担とする。

理由

所論は要するに、被告人が原判示小型四輪貨物自動車で時速一〇五、四粁のスピードをだした事実を否定し、その車の最大出力が八七粁であるからみても一〇五、四粁というような速度で走つたという原認定は事実の誤認であつて、判決に影響することが明であるというのである。

よつて記録を精査するに、原判決挙示の証拠のうち、とくに司法巡査坂田太作成の自記式速度測定機記録と原審証人坂田太、同阿部義弘の各証言によれば、被告人が原判示のように時速一〇五・四粁で暴走した事実を優に認めうるかのようであるが東洋工業株式会社松田恒外一名作成の「D一一〇〇の最高速度について」と題する書面と、当審証人河合鈴武の当公廷における証言を総合すると、本件小型四輪貨物自動車の公称最高速度は時速八七粁であつて、しかもその公称最高速度というのは同一種類の車輛についてなされた公式試験の結果ではあるが、それは路面その他すべて良好な条件のもとに十分な助走ののち一〇〇米ないし二〇〇米位の一定区間を折返し最高速度で走つた所要時間の平均値から算出された計算上可能な速度に過ぎないから、この最高速度をさらにはるかにうわまわる時速一〇五・四粁というような速度は路面の勾配、風速その他よほど特別な走行抵抗の減少する事情でも加わらない限り、本件小型四輪貨物自動車ではとうていだしえないものなることが認められ、裁判所書記官作成の名古屋地方気象台の電話聴取書によると、当日午後の風速は六米余程度のもので、路面も当裁判所の検証の結果によると、現場の手前約三〇〇米位の地点から二〇〇米位下り勾配になつているけれども、その勾配の程度はきわめてゆるやかであり、現場附近はまつたく平坦な路面であるから、これくらいの風速や勾配がそれほど大きな走行抵抗を減少する事由になるとはおもわれないし、他に加速の原因となるような特別の事情があつたことも認められない。してみると被告人の本件の自動車について時速一〇五・四粁という数字を検出したSNK自記式速度測定機自体の故障か、ないしはこれが操作上における過誤に基因するものではないかという疑をもたざるを得ない。しかしながら当審証人坂田太の証言によると、右の測定機自体には何等異状のなかつたことが認められるから、この測定機を使用して行われた本件現場における当時のスピード違反の取締状況について検討してみよう。右坂田証人や当審証人阿部義弘、同吉川将一の各証言を総合し、当裁判所における現場検証の結果を参酌するに、当日本件現場附近では愛知県刈谷警察署交通巡査部長杉浦淇治の指揮のもとに、同署巡査阿部弘義外数名がSNK自記式速度測定機を使用してスピード違反車の取締を実施していたのであつて、同人等はA係B係C係の三班に分れ、A係の阿部巡査はA地点において違反容疑の車を発見したときは、直ちに百米先きのB地点にいる吉川巡査(B係)と、そこからさらに三〇〇米先きのC地点にいる神谷巡査(C係)の双方に、携帯マイクを通じてその違反容疑車の特徴を指示して連絡するとともに、その車の前輪がA地点の測定線上にはいる瞬間前記速度測定機のスイツチをいれ、一方B係の吉川巡査はその車が来進しB地点の測定線を越える瞬間同測定機のスイツチをきり、C地点に待機しているC係はそこに設置されている同測定機(A、B各係の右操作により自動的に百米の所要時間をテープ上に打ちだす)と時速換算表によつて違反の有無を立ちどころに判定し、違反車についてはその来進するのを待ちうけて停止せしめ取調べるという方法で取締が行われていたところ、A線の阿部巡査は、被告人の小型四輪貨物自動車の来進直前に同一方向から違反容疑のある相当な速いスピードの大型貨物自動車が疾走してくるのを認めたが、その際偶偶被告人の車がにわかにそのスピードをあげB地点の手前附近でその大型貨物自動車を追越そうとしたので、阿部巡査は急拠違反容疑の目標車を被告人の車に変え、測定機のスイツチをいれるとともにB、C係にその旨連絡し、B係は阿部巡査の指示どおり被告人の車についてB点の測定線でスイツチをきつたことが認められる。してみるとA地点の手前で違反容疑車が突如として一つ加わりA係の阿部巡査は急拠目標車を変更したのであるから瞬間的とはいえ、その心理上に若干の混乱は避けがたかつたのではないかとも推測されるのであるが、もしそのため一瞬間スイツチをいれることが遅れても、わずか百米の区間検査であるから、車の時速の上に相当大きな粁数の誤差を生ずる虞がないとはいえないであろう。本件において右測定機による被告人の車の百米の所要時間が三、四秒と検出されていることは自記式速度測定機記録用紙に徴して明であるから、もしA係の阿部巡査のスイツチのいれかたが右のような空発的な目標容疑車の変更による混乱のため、かりに一秒おくれたとすると、被告人の車のほんとうの所要時間は四・四秒だつたことになり、これを時速に換算すると約八一・四粁になるから、ここに二四粁という大きな誤差を生ずる余地がある。このように考えてみると本件においてもこうした測定機の操作上に過誤がなかつたとは断じがたいものがあるようにおもわれる。そうだとすると、原判決の認定は被告人の車の時速を一〇五・四粁と認定した点において事実の誤認があるものと認めるのが相当であつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明であるから論旨は理由があるものといわねばならない。

よつて本件控訴はその理由があり原判決は破棄を免れないので、刑事訴訟法第三九七条第三八二条に則り原判決を破棄するが、本件は原審及び当裁判所が取調べた証拠により直ちに判決するに適するので同法第四〇〇条但書に従い当裁判所において判決する。

「罪となるべき事実」

被告人は昭和三五年六月九日午後四時二七分頃愛知県刈谷市大字蓬見字南大根三〇番地附近路上において、法定の最高速度毎時五〇粁を少くとも約二三粁こえる毎時七三粁位の速度で小型四輪貨物自動車を運転し無謀な操縦をなしたものである。

「証拠」(略)

「適用法条」

被告人の判示所為は昭和三五年法律第一〇五号道路交通法附則第二条第一四条によりその改正前の道路交通取締法第七条第一項、第二項第五号、第二八条第一号、罰金等臨時措置法第二条、同法施行令第一五条第一項第三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額範囲内において被告人を罰金三千円に処し、被告人が右罰金を完納することができないときは刑法第一八条に則り金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、原審及び当審における訴訟費用はこれを三分しその一を刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、被告人に負担せしめることとし主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登一 成田薰 布谷憲一)

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